ちょいと思うところのある僕も何か語ってみますww
読むと「コイツうぜぇ」って思うかも。
馬鹿じゃん、中二、ぶりっこ、などなど思うかも。
それでもちょっと、書いておいて落ち着きたい。
ちょっくら沈みます。
間違えた。けっこう沈みます。
本日、大切な方がいなくなってしまう、ということについて考えてました。
常日頃両親はいないほうがいいし、さっさと逝ってくれと言い、思う私ですが、
やはりいなくなると悲しいんですね。きっと。
心にぽっかりとした隙間ができて、
そこがなんかヒューヒューする。
本当にそこに何もないかのように思える。
僕は涙に意味を持ってません。
簡単に泣けるから。
自分のエゴで。
勝手にいい人に成り下がれるから。
何も深くは感じてないから。
涙の数だけ、僕は汚い人間になっていきます。
そう言ってる今も、どんどん自己弁護的に汚くなっている。
人の痛みを知れる、なんて言われたら心の中で爆笑してる。
わからないからその場を流せることしかできないんだよ。
だからいざ大切な人がいなくなる時どういう反応をとるのかわからない。
泣く、っていう常識的行動にはもうエゴが入り込んでいる。
じゃあ泣かない、ってのはエゴじゃないか?
エゴだと感じたくないから泣かない、ならエゴだよね。
じゃあ泣かないつもりでも泣いてしまったら?
それはもう救いようがない。
本能からのエゴだね。
なんかわけわかんなくなってきたのでまとめ。
大切な人が大切な場所にもう戻れない。
大切な人の大切な人が壊れていても、大切な人は動けない。
周りの人に最期の願いをたくすしかなく、
自分は一人ベッドの上。
日に日に異常が出てくる身体、うまく動いてくれない。
少しずつ起きてる時間が短くなってきて、起きていても寝ていても苦しい。
もう棚の上の荷物にすら手をのばせない。
もう後少しだから、と大切な人は私にいろいろな物を託す。
二階には~があるから、冷蔵庫の上には~があるから、
勝手に探して持って行っていいよ。
もう大切な人が探すことはできないのだと、虚しくなった。
ちゃんと考えがまとまっててすごかった!
僕のはまとまんないから理解していただけたらスゴイんですよ。